前立腺がん全摘後の尿失禁・頻尿
① 前立腺がん全摘術後、なぜ尿失禁(尿漏れ)が起こるの?
前立腺がんの根治治療のひとつに全摘手術があります。
下図のように、前立腺の内部に尿道が通っているため、全摘手術を行うと尿道が途切れるため、再建といい膀胱の端と尿道の端をつなぐ縫合手技を行います。
排尿のメカニズム
そもそも、排尿はどのようにコントールされているのでしょうか?
尿は膀胱に溜まって尿道括約筋が弛緩(しかん)して膀胱が収縮することで排尿がおこります。
そもそも、よく考えてみていただけないでしょうか。
例えば、約300mlのお水を袋に入れて、細いパイプに全開で流します。
一瞬で一滴も垂れずにその水の勢いを止められますか?
排尿時、びっくりした時、尿は一瞬で止まりますよね。
この時、まず、尿が漏れることはないと思います。(ある場合は、泌尿器科を受診してくださいね)
尿道括約筋を含めた排尿のメカニズムはすごいですね。
尿が漏れない仕組みと手術で考慮する点
尿が漏れない仕組みは実に複雑なメカニズムであると考えられています。
尿道括約筋だけでなく、尿道の3層構造(輪状の筋肉や縦に走行する筋肉など)、膀胱の構造、神経など様々なことが影響して排尿が機能していると考えられます。
そもそも尿のメカニズムには、蓄尿(ためる)と排尿(だす)がありそれぞれ別のメカニズムが関係しています。
よって全摘後の失禁も、ただ尿道括約筋を残せばいいというものでもないと思われます。
下記のようなことが影響するとも考えられています。
- 尿道括約筋の温存
- 尿道長を長く残すこと
- 排尿に関する神経の温存
- 括約筋周囲の構造の温存
- 尿道周囲の骨盤構造の再建など
(Eur Urol. 2012 ;62:405. Eur Urol Focus. 2021 :S2405.)
勃起機能の温存目的で神経温存手技を行うことがありますが、神経温存を行うと早期の尿漏れが改善しやすいと言われています。
これも、排尿に関する神経がその近くを走行することによる影響や神経温存手技を行うことで尿道周囲の構造が温存されることなどが影響するのではないかと考えられますが、詳細なメカニズムはまだ十分に解明されていません。
尿失禁改善のため、実際の手術では、尿道長を長くとる工夫や尿道周囲の再建を行いより早期の改善をめざす手技の工夫を多くの施設で行っています。
② 術後、尿漏れ評価ってどうするの?パッドフリー率って何?
尿失禁があるか、ないか。実は、この評価も難しいんです。
評価方法には
- パッドテスト
一定時間パッドをつけて動いてもらい量を測定する検査 - パッドフリー率(pad free rate)
このパッドフリー率とは、尿漏れパッドを使用しない割合を表しています。
パッドフリー率は解釈に注意しましょう
ただし、ここも本当に尿漏れパッド使用していない人だけの割合、念のためパッドをあてている人を含む割合、場合によってはパッド1枚までを量にかかわらず含む割合と定義よってこの数字は大きく変わってきます。
例えば、尿失禁改善が術後3か月で70%です。といっても全くパッドを使用していないのか、念のためパッドを1枚あてているものを含めるのか、パッド1枚まで漏れている量に関係なく許容して含んでいるのかで評価が変わってきます。
厳密にはパッドテストを行うことがベターと考えられていますが、なかなか外来では難しい場合が多いです。
よって、上記のパッドフリー率を用いることも多いですが、その解釈には注意が必要です。
ただし、一般的に術後1年での尿失禁改善は、約90~95%前後と言われています。
早期の失禁の改善には多少の施設間差がありますが、1年以上経過した場合の差はあまりないのでご安心ください。
③ 術後の尿失禁、治療・マネージメントはあるの?
前立腺がん全摘後の尿失禁の多くは時間で改善します。
通常は術後まず、1年程度は経過をみていくことが多いです。
この期間の尿漏れに対しては、
- ① 経過観察
- ② 薬物療法
- ③ 行動療法(骨盤底筋運動)
などがあります。
失禁量が多い場合、頻尿などに困っている場合などは薬物療法を行うことがあります。
薬物療法には、腹圧性尿失禁で用いる薬剤や過活動膀胱で使用する薬剤を使用します。
失禁が改善するまでの間、薬物療法を行うオプションはありますので適宜、泌尿器科の先生にご相談ください。
過活動膀胱については下記をご参考にしてください。
過活動膀胱(頻尿・切迫感)
骨盤底筋運動
また、③行動療法も改善に寄与する場合があると考えられています。
その中に骨盤底筋運動があります。
骨盤底筋運動とは、排尿や排便などに寄与する骨盤底の筋肉を鍛えるトレーニングです。
いくつかのランダム化比較試験があり、骨盤底筋運動は早期の尿失禁の改善に有用であると報告があります。 (Urology. 2022 ;S0090-4295(22)00344-2.)
骨盤底筋運動は、肛門の穴をしめるようにして骨盤底の筋肉を鍛えるものですが、なかなか、自分で勉強して行うのは難しいです。
よって誰に教わるかといったことも重要です。
骨盤底筋運動を専門家に指導してもらったほうが、尿失禁の改善が早かったといった報告もあります。(Disabil Rehabil. 2021 22;1-12.)
最近では、排尿専門の看護師や骨盤底筋運動に詳しい理学療法士の先生もいらっしゃいます。
ぜひ、必要に応じてご相談されることをお勧めします。
尿失禁が改善しない場合
しかし、1年以上経過しても尿失禁が改善しない場合もあります。
この場合、失禁の状態、括約筋の状態などを評価します。
以下のような検査を行います。
- パッドテスト(失禁量の確認)
- 膀胱鏡検査
尿道から細いカメラを挿入して尿道、括約筋の収縮有無、尿道狭窄の有無、膀胱内の異常がないかなど確認します。 - 膀胱内圧測定検査(必要時) など
括約筋の機能が低下していると判断した場合、人工尿道括約筋埋め込み手術(AMS800)を行う場合があります。
この手術を行うことで蓄尿および排尿がコントロール出来ます。
適応があるかは、本手術を行っている各施設にお問い合わせください。
本手術、施行施設検索は以下のサイトが参考になります。
がん手術後の尿漏れとは?|前立腺を摘出された方の尿漏れ対策ドットコム
(注:利益相反はありません)
運動や食生活にも注意しましょう
追加ですが、③行動療法は運動や食生活も重要です。
ご自身の腹囲いかがでしょうか?
おなかが出ていて肥満傾向の患者さんは、腹部、体幹部の筋力も低下していることが多いです。
内臓脂肪が多くなると、腹圧が膀胱にかかりやすくなり尿失禁も増える傾向にあります。
適切な食事、適度な運動は非常に重要です。
また、最近では体幹トレーニングを行うことでメタボの改善も期待できるようです。
ただし、これまで運動していなかった方が急に運動するのは危険です。
適切な指導者(専門家)に運動の指導を受けることをお勧めします。